無頼漢の迷走記

LGBT,宗教,DTM,三味線など幅広く。

人力UTAU一日目。

とうとう人力UTAUに手を出しました。

 

人力といえばわかる人にはわかると思うけど、要はキャラのボイスを切り貼りしてボーカロイドのように歌ってもらうというもの。

 

今まで僕はDTMボーカロイドのみで人力は聞く側に徹してたんですがニコ動の滑らかないぎろいどやにほろいど、刀剣乱舞のへしろいどなどなどに心酔しとうとう今日手を出しました。

 

UTAUも触ったことなかったのにね。手始めにUTAUいじったけど。

 

というかボカロ→UTAU→人力って順番逆じゃね。

 

何で有料のコンテンツから無料にいくんだよwww。

 

UTAUの、ボカロで言うPiapro Studioってどうすんだ?からちょっと音素の切出しまで今日一日でやりました。

ボカロの下地があっても難しいね。違いに混乱する。

 

UTAUってボカロみたいにクリックすれば歌ってくれるわけじゃない。

 

最初にUTAUに慣れるために「珠之歌キオ」君にustつっこんでちょっと歌ってもらい、大体操作が分かったところでAudacityで音素切出しへ。

 

切り出し中の音素は刀剣乱舞の「髭切」さん。彼の優しい声ならゆっくりめの曲が合うかなぁ、と。

話すのが遅いので切り取り易いってのもあるが。

 

このあとボカロいじったらすごいラクだろうなぁ。

 

世の人力師さんたちにボカロいじらせたら恐ろしい神調教になりそうよな。

 

今までなんとなく見てきた人力動画が如何に心血注がれた物かが自分でやってみてよくわかった。

 

第一音素切り取るの難しい。

スクロールバー速いし。

ゆっくり再生にすればええやん→切り取った音声もゆっくりのまま。

 

そりゃそうだ。

 

うちの兄者ロイドは今年中に歌ってくれるだろうか。

平沢進の話と、セクシャリティのこと

「どんな音楽聞くの?」 

「あのー、たぶんご存じないと思いますけれど、平沢進って知ってます?」

「うーん、知らない。」

..............................

 

馬の骨であればだれもが一度は経験するシチュエーションですね。

ちょっと説明しておきますと、平沢進(通称師匠、おっさん、ヒラサワ)は東京出身の63歳のミュージシャン(音楽使い)です。馬の骨はファンの別称。

もっと詳しく知りたい方、ググってください。

 

あ、今回はがっつりセクシャリティの話ではありません。後の方にセクシャリティについても書きますが。

 

僕がこの人に出会ったのは14の時。

 

たまたま「百歌声爛」というCDを聞いていたところ、これはたくさんの声優さんがアニソンをメドレーで歌っているのですが、安/元/洋/貴さんという方がベルセルクのForcesを歌っていたんですね。

 

メドレーの最初の曲だったんですが、えらい衝撃を受けまして。

「なんだこの曲!かっこいい!」

 

さっそく曲名で検索。

どうやらベルセルクというアニメの主題歌らしい。作曲家、元の歌手は平沢進という人らしい、と。

ぜひ、フルで聞きたい!

 

当時僕はamazonのアカウントも持っておらず、iTunesでMP3を買うという発想もなく、1曲聞きたければCDを丸ごと買っていました。

 

そこでケータイ(当然ガラケーです)でamazonの「救済の技法」のページを開きつつ、CDショップの店員に

平沢進という人の救済の技法というCDで、ボーナストラックありの方」

を取り寄せてもらいました。

当然、店頭にヒラサワのCDがあるわけないので。

 

それから平沢、P-MODELにのめりこみました。古CD屋を廻って師匠の過去作のCDを買いあさり、親にamazonのアカウント借りたり。

 

今では平沢のCDはすべてそろえ、P-MODELのCDもほぼ全部あります。

SCUBAやLIVEの方法はもはや手に入りませんが。

さらに、元Pの福間創さんや中野テルヲさん、横川タダヒコさんまで聞く始末。

 

14までは全く音楽を聞かない子供だったので、人生で初めてまともに聞いたのがこともあろうにヒラサワ......。

これは僕の人生の分岐点だったのでしょうね。

 

さらに、7月8,9日に大阪の第9曼荼羅ライブに行ってきました。人生初ライブ、初生ヒラサワを見ました。

 

この感想はまた別に書くとしてそろそろセクシャリティの話をします。

 

ヒラサワの造語の中に、SP-2という言葉があります。

端的に言えば男性として生まれた心が女性の人。

 

僕の逆ですね。

日本ではニューハーフなんて言われていたり。

ヒラサワはタイでSP-2に出会い、衝撃を受け、そして親しくしているようです。

彼女たちにインスピレーションをうけて曲を作ったり本を書いたり。

 

僕は今、セクシャリティについていろいろ考え悩んでいるところですが、あの14の時に出会ったヒラサワがセクシャリティの面で心の支えになってくれるとはまさか想像していませんでした。

 

そもそも僕がセクシャル・マイノリティという言葉を知ったのは高校生の時。

 

性別違和を覚えながらも、ゲイの人たちや「オネエ」と呼ばれる人たちを見ながら「俺は’こんなの’とは違うんだ!」と'男らしく'していました。

 

そもそもそれがはたから見たらオカシイんですけどね。

 

でも、自分が男でないことに気づいていなかった、いや気づいていないというよりは受け入れていなかった。女であるとおもっていなかった。

 

実際、僕は今でも裸で鏡の前に立ってもこれが自分の体だと正直思えません。

誰か、違う人のような気がしてならないのです。

 

ヒラサワの曲に「Switched on Lotus」というものがあります。

その歌詞の一節に「望まぬ牢を今去るとき」というものがあります。

 

僕は、この歌詞を聞くたびに「望まぬ牢」=「性自認とは違う身体」を思い起こします。

 

望まぬ’異性の’身体を去って輪廻の輪に帰る、というのはきっとすがすがしい、救われるような思いなのではないでしょうか。

 

精いっぱい望まぬ身体で今生を生ききって功徳を積み、次こそはきっと性自認と一致した身体で生まれてくることができると信じて天界へ帰っていく。

 

なんてうらやましいことでしょう。僕も、ぜひこうなりたい。この思想を心から信じきって今生を生き抜き、次こそはきっとマジョリティの人のように心と体の性が一致して生まれてきて、異性と恋愛してみたい。

 

それはきっと世間から認められたような気分になれるのではないかと、想像します。

 

そのためにも、僕は自殺はしないでしょう。自殺したら仏教によればまた同じところからのスタート。

 

またセクマイとして生まれてきて世間から見ればレズビアンとして生きる。

 

もう二度とごめんです。

 

それに、自殺したら師匠のライブに行けないもんね!

 

生きづらいことはたくさんあるけれど、師匠と同じ時代に生まれてこれただけでももうけもんかな。

 

今回は馬の骨以外の方には?な話題だったかもしれませんが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

どこまで自認する性に近づくか?

どうも。京です。すっかりほったらかしのまま約4ヶ月......。

 

三日坊主どころか二日坊主ですが、またまたセクマイの記事です。

 

「どこまで性自認(希望する性)に近づきたいか?」

 

これはなかなか簡単には答えが出せません。

 

戸籍の問題、就職、進学、家族、保険、治療費、偏見etc......。

 

考えだしたらキリがありません。取りあえず僕がざっと調べてみたところ、

性同一性障害の診断が下ると生命保険、医療保険に入れないまたは入りづらい。

治療には保険が効かない。

改名には1年ほどの使用実績が必要。

などなど。

 

トランスジェンダー性同一性障害を取り巻く環境はまだまだ厳しそうです。

とりわけ、戸籍の性別変更。

生殖器の摘出が必須。

これでは身体的、経済的事情で内摘出来ない人を差別しているとしか思えません。

しかも戸籍の性別が変更できないと就活もなかなか厳しい......。まずスーツの問題でひっかかりますからね。

 

しかし、それでも性同一性障害を取り巻く環境は少しずつですが改善されつつあります。

セクマイ対応の企業もまだ不十分とはいえ増えつつあります。

 

僕らの子供たち、あと20年、今の若者が管理職になるころにはきっとセクマイなんて隣にいて当たり前、ぐらいにはなってくれるでしょう。

 

さて、ここから僕の個人的な話ですが、この夏、両親にカミングアウトしようと思っています。

 

なぜならば、第一に改名を考えているので両親に新しい名前を考えてもらいたいのです。

 

僕の本名は女優にもいるほど「読める」名前。

 

読み方を変えることもできないし、男にいないことはないけれど100人が聞いたら99人全員が女の子の名前だと判断する名前です。

 

僕はFtX,男寄りの中性ですが、やはり名前は男寄りがいい。

 

ここ数年はイングリッシュネームを兼ねて英語圏の男の名を使っていましたが、これを社会に出て使うとはっきり言ってキラキラネーム...。

 

今僕が考える、将来どう生きていくかは

第一に改名。

第二に胸オペ。

あとは性同一性障害の診断をもらうこと、ですね。改名のためにはあった方がいいので。

ああ、その前に保険のことを考えないと......。

 

ホルモンをうつ予定はないです。女性ホルモンをうって長生きしなかったMtFのことをちょくちょく聞く上に、保険が効かないので高いのです。

 

カミングアウトするにしても、おそらく両親には僕がトランスだとばれているでしょうが。特に勘のいい母には。

 

たいていの親はトランスの子供のことは専門用語を知らずしても気づきます。「変わった子だ」ぐらいには思っているはず。子どもの頃からずっと「ヘンな」行動をとっているわけですから。

 

僕の場合だとスカートは嫌だとかメンズの服を買ってくれだとか。

帰省した時には母は弟の服と僕の服の区別がついていませんでした。

 

うーん、でも理路整然と説得できる自信がない。

性同一性障害かもしれない」から「改名の名前を考えてくれ」までわからせなくては。

プレゼンでもつくるかな。

診断書を見せるという方法もありますが診断には半年から一年かかります。

 

僕はその間に改名のための実績作りをしたいのです。社会に完全に出る前の、この恵まれた時間に。

 

胸オペは無理だとしても、名前だけは、これだけはどうしても変えたい。内摘は一生無理かもしれないけれど。

 

一度就職したら手術のための長い休みはなかなかとれないですから。

 

胸オペは、社会人になってからお金ためてゴールデンウィークにでもできるかな......。できなくてもAカップ以下なんですが、でも上半身裸で海とか行ってみたいな。

 

この夢は来世への持ち越しになるかもしれないですがね。

 

ただ、僕はトランスジェンダーの肩書だけを一生背負って生きていくわけではありません。やりたい仕事や追っていきたい夢もある。

 

性別が、それの足かせになってはならない。もしトランスジェンダーであることが、僕の将来に暗い影を落とすとしたら、僕は性同一性障害を隠して肉体の性別で生きていく覚悟を決めなければならないでしょう。

 

この世界で、この国で成功したかったらセクマイであることは確実に邪魔になる。僕の性別を許容してもらえる環境にいられなければ、僕はこのセクシャリティも診断も隠して生きていくでしょう。

 

性別にかかわらずマイノリティの人々は普通の人の何倍も、生きていくための覚悟が必要だとしばしば考えさせられます。

 

この世界のセクマイが望む扱いを受けられる未来が、早く来ますように。

 

LGBTはどこまで許されるべきか 伝統か、差別か

昔から気になっていた性差別と伝統の話を少し。

 

かつて国技館の土俵に少女があがれず決勝大会に出られなかったことがあるそうです。

そう、相撲の土俵に女は上がれません。

 

これは僕は構わないと思っています。伝統ですし、それを受け継ぐことが国の矜持だと考えるので。(でも決勝は別の場所でやればよかったんじゃ?)

 

では、僕は土俵にあがっていいのか?

ダメです。ダメだと思っています。いくら心が男だと言っても肉体は女。ルールに男か女かしか書かれていないのなら僕は女側のルールに従わなくてはいけません。屈辱には思いますが。

 

じゃあ、オネエは土俵にあがっていいか?

いいでしょうね。相撲は神事。心の中までは問いません。

 

LGBTであろうとなかろうと日常で我慢を強いられることは多々あります。例えば喫煙者。タバコを吸う人と吸わない人が常に仲良しでいられるわけがありません。お互いに妥協しあい、譲り合って生活するべきです。

 

皆がみんな己の利益を最大限に振りかざそうとしたら、世間はうまくまわらないでしょう。

ところが、困ったことにLGBTであればこれが許されると思っている人がいるのです。

例えば、僕の様に心が男、体が女のトランスジェンダー

 

「俺は男なんだから男扱いしろ!ただし、レディースデーには行くぞ!」

 

こういう人です。男としての利益を欲しがりつつも、女として得をする部分は捨てたくない。これはダメですよ。ただのわがまま。こういう人を批判することはアンチLGBTでもなんでもありません。常識人です。

 

そう、世間にはどちらかの性別であることで得をすることがままありますよね。

恐そうなニイちゃんがやってるギターショップにずかずか入っていくと女はたいてい嫌な顔をされますね。「ギターのことワカってんのかよ、コイツ」って感じで。

でも、女であればとりあえず痴漢冤罪にはあいません。レズビアンだろうとトランスジェンダーで心が男であろうとも。

あとは・・・・オッサンに優しくしてもらえますww 若い女は特に。

 

もし僕が、これから一生男として生きるのであれば、居酒屋にも男料金で入り、レディースデーには行かず、オッサンには冷たくしてもらわなければなりませんww。

 

僕は居酒屋にはそもそも行かないし、とレディースデーも利用したことがないですが、最後の一つは実践できないままです。なぜなら、これをやるにはまずカミングアウトしなければなりません。次にLGBTとは何ぞや、というオッサンに一から説明しなければなりません。

それに、相手が常に理解ある人とは限りませんから。

 

つまり、何が言いたいか。トランスジェンダーはある程度肉体の性で判断されることを受け入れるべきだ、ということです。それは仕方がないし、そのおかげで得をしている部分もあるのですから。

確かに、僕らのような人間にとって肉体の性で判断されるのはとても屈辱的なことです。「お嬢さん」「お兄さん」と呼びかけられてウンザリしているトランスジェンダーはたくさんいるでしょう。

しかし、たいていのトランスジェンダーにとって見た目を完全に心に合わせることは大変です。お金も手間もかかるし、やっぱり他の人からは女装や男装にしか見えなかったりします。

初対面の、それもこれから深く付き合うわけでもない人(服屋の店員とか)に男や女に「間違えられた」としてもそんなに大したことじゃない、そう思って生きていくのが一番いいと思います。

 

なんだかgdgdの長文になってしまいました。言いたいことが伝わっていればいいのですが。

 

早く、男だから、女だから、で判断されない時代が来るといいですね。LGBTのためにも、そうでない人のためにも。

 

 

 

はじめに

こんにちは。トランスジェンダーバイセクシャル、京(ケイ)と申します。僕は体は女、心は男だと思います。「思います」というのはまだはっきりとはわからないからです。

僕は男なのか?それとも中性なのか?どうやってそれを決めるのか?

未だ五里霧中ですが、ひとつはっきりと言えるのは性別をどちらか一つに決め、その性で一生を生きていけと言われたら間違いなく男を選ぶでしょう。

 

ちなみに服はメンズのみ。ここまでの説明で?となった方、要はオネエの逆だと思っておいてください。

 

LGBT当事者、アライの方々、LGBTって何?って方もどうぞいらしてください。なるべく分かりやすく記事を書いていくつもりです。

明るい話題ばかりとはいきませんがどうぞよろしくお願いします。