少年敗走記

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日本で安楽死はまあ無理だよね

今回は安楽死とスパイト行動についてです。

 

橋田壽賀子という脚本家をご存知でしょうか?

おしん」の脚本を書いた人ですね。他にも有名な作品はありますが。

この人が以前「安楽死で死にたい」と発言したところ、世間から大バッシングを受けたことがあります。

僕は個人的には安楽死は選択肢のひとつとしてあって良いと考える賛成派なので、安楽死が嫌な人は選ばなければいいだけですから反対派の意見がよくわからなかったのですが、偶然「スパイト行動」という行動を知り「なるほど」と納得しました。

 

この人の安楽死発言へのバッシングとして

「死に逃げるな」とか

「もっと苦しんで頑張っている人に失礼だ」

という意見を聞きました。

 

まあ、前者の発言はいかにも日本らしいですね。精神論というか根性論というか。体育会系かな。

例えて言えばうつ病の人に「がんばれば治る!」って言っちゃうタイプ。後で説明しますがこれはスパイト行動です。

後者は前者よりいっそう意味がわかりません。もっと苦しんでいるって何?

苦しみ度合って数字で表現できるわけ?できますよ日本では。

この国では「つらいです。苦しいです。」と言うと必ず「お前より苦しんでる奴はたくさんいるんだ!」と言う人がいます。

そして苦しみを誰にも打ち明けずに死んでしまった人に対し、「つらかったね。がんばったね。」と言う人もいます。

 

つまり自分で苦しいと言える内はまだ苦しくないのだ、自分で助けを求められない状態(多くの場合は死)になってから初めて助けてもらえるのだ。

という思想です。この思想は結構どんな分野にでもありますよね。

児童虐待は子どもが死んでからじゃないとドアを破って家に突入できないとか。

ストーカーで被害届を出しても相手にされず、殺されて初めて捜査がスタートとか。

 

さて、安楽死の話に戻りますが、「もっと苦しんでいる人に失礼だから」安楽死はダメ。というのは何で失礼なのか。

例えば苦しみ度合60%のAさんと80%のBさんがいたとします。(日本では苦しみ度合いははかれますからね!)

Aさんが安楽死した場合、Bさんはかわいそうになるのか。

「私は頑張って生きてるのにAさんだけ死ねてずるい、あいつは私より苦しんでないのに」とか?

だったらBさんも安楽死を選べばいいじゃないですか。権利のひとつとして。

ちなみにこういう「あいつだけずるい、私が苦しんでいるのだからお前も苦しめ」というのをスパイト行為(行動)といいます。

 

ついでに言うと前者の「死に逃げるな」もスパイト行為に入ると僕は考えます。これって「みんな頑張って生きてるのにお前だけ死に逃げるのはずるいぞ!」ってことでしょ?

 

だから日本で安楽死は無理だよね、って話。