ぶつかりながら、曲がりくねって全力疾走。

トランスジェンダー(体は女、心は中性?)の京がLGBT関連を中心に色々書いていきます。よろしくお願いします。

LGBTはどこまで許されるべきか 伝統か、差別か

昔から気になっていた性差別と伝統の話を少し。

 

かつて国技館の土俵に少女があがれず決勝大会に出られなかったことがあるそうです。

そう、相撲の土俵に女は上がれません。

 

これは僕は構わないと思っています。伝統ですし、それを受け継ぐことが国の矜持だと考えるので。(でも決勝は別の場所でやればよかったんじゃ?)

 

では、僕は土俵にあがっていいのか?

ダメです。ダメだと思っています。いくら心が男だと言っても肉体は女。ルールに男か女かしか書かれていないのなら僕は女側のルールに従わなくてはいけません。屈辱には思いますが。

 

じゃあ、オネエは土俵にあがっていいか?

いいでしょうね。相撲は神事。心の中までは問いません。

 

LGBTであろうとなかろうと日常で我慢を強いられることは多々あります。例えば喫煙者。タバコを吸う人と吸わない人が常に仲良しでいられるわけがありません。お互いに妥協しあい、譲り合って生活するべきです。

 

皆がみんな己の利益を最大限に振りかざそうとしたら、世間はうまくまわらないでしょう。

ところが、困ったことにLGBTであればこれが許されると思っている人がいるのです。

例えば、僕の様に心が男、体が女のトランスジェンダー

 

「俺は男なんだから男扱いしろ!ただし、レディースデーには行くぞ!」

 

こういう人です。男としての利益を欲しがりつつも、女として得をする部分は捨てたくない。これはダメですよ。ただのわがまま。こういう人を批判することはアンチLGBTでもなんでもありません。常識人です。

 

そう、世間にはどちらかの性別であることで得をすることがままありますよね。

恐そうなニイちゃんがやってるギターショップにずかずか入っていくと女はたいてい嫌な顔をされますね。「ギターのことワカってんのかよ、コイツ」って感じで。

でも、女であればとりあえず痴漢冤罪にはあいません。レズビアンだろうとトランスジェンダーで心が男であろうとも。

あとは・・・・オッサンに優しくしてもらえますww 若い女は特に。

 

もし僕が、これから一生男として生きるのであれば、居酒屋にも男料金で入り、レディースデーには行かず、オッサンには冷たくしてもらわなければなりませんww。

 

僕は居酒屋にはそもそも行かないし、とレディースデーも利用したことがないですが、最後の一つは実践できないままです。なぜなら、これをやるにはまずカミングアウトしなければなりません。次にLGBTとは何ぞや、というオッサンに一から説明しなければなりません。

それに、相手が常に理解ある人とは限りませんから。

 

つまり、何が言いたいか。トランスジェンダーはある程度肉体の性で判断されることを受け入れるべきだ、ということです。それは仕方がないし、そのおかげで得をしている部分もあるのですから。

確かに、僕らのような人間にとって肉体の性で判断されるのはとても屈辱的なことです。「お嬢さん」「お兄さん」と呼びかけられてウンザリしているトランスジェンダーはたくさんいるでしょう。

しかし、たいていのトランスジェンダーにとって見た目を完全に心に合わせることは大変です。お金も手間もかかるし、やっぱり他の人からは女装や男装にしか見えなかったりします。

初対面の、それもこれから深く付き合うわけでもない人(服屋の店員とか)に男や女に「間違えられた」としてもそんなに大したことじゃない、そう思って生きていくのが一番いいと思います。

 

なんだかgdgdの長文になってしまいました。言いたいことが伝わっていればいいのですが。

 

早く、男だから、女だから、で判断されない時代が来るといいですね。LGBTのためにも、そうでない人のためにも。